猫の穴

段ボールに入ってご満悦。穴から怪しげな眼差しで覗いております。AND猫ぱーんち☆
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此処は虎の穴、ならにゅ秘密結社「猫の穴」入り口でしゅ。会員随時募集ちゅう~?
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なあ~んて、もう飽きちゃったから片付けていいよ~ん。
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e0063270_21442494.jpg片付けないの~?


今日はめっちゃ強風!
姪っ子連れて裏の田んぼに凧揚げに行きました。
やっぱ一月には凧上げなくっちゃね!
凄い風に乗ってすぐに上空にのぼっていきます!ゲイラカイトなので走りもいらない!
しかーし!乱気流に巻き込まれて急降下!のち田んぼの中に落下!
その落ち方が面白くて馬鹿受け・・。
凧は泥だらけ・・。







ちょうど10年前の1月7日は肺炎で入院した日。
10年前の仕事始めは1月6日で私はお当番。お当番は早くにオフィスに入って各器機に電源入れたり掃除したりお茶の準備します。年始休暇に風邪引き込んで辛かったけどお当番なので気力で出勤しました。仕事始めの日はお年玉代わりに昼食が経費で仕出し弁当が振舞われました。毎年これが楽しみなのに全然お腹が空かず喉を通りませんでした。これじゃあまずいとお昼休みに喫茶店に走りバニラアイスクリームの大きいカップを注文し食べました。冷たくて喉越しがよく美味しく食べられました。帰りも帰宅後も何事も無く一日を終えましたが翌朝起きられず会社を休むことにしました。当時みんな勤め人だったので私一人寝ていようと思ったんだけど母が病院に行って予約してきてくれたので医者に行くことにしました。先に胸のレントゲンを撮って呼び出されて診療室に入ると先生は既にレントゲンを見ており私が座るとこう言いました。「こんな我慢強い人は見たことが無い。見てみなさい。」当時私は循環器科に検査でかかっており当時の担当医の先生が見せてくれたレントゲンの私は両肺から首元まで真っ白。
「酷い肺炎です。すぐ入院してください。」と目の前の電話を私に向けて「おうちに電話しなさい」と言われました。「お母さん~?今病院。肺炎で入院だって。」・・自分では多少の息苦しさはあったけどこれが肺炎とは思えなかった。肺炎てなったの初めてだし。。で、病室に行って大部屋だったけども、「先生に近いお部屋にしましょうね」と看護師さんに言われて、、その後に気が抜けたんでしょうね、意識が無くなったそうでその前後の記憶もありません。次に目が覚めたときはCCU(集中治療室)の個室のベッドの上。両手両足はベッドサイドに縛り付けられてるし導尿の管は入ってるし右耳下から肩にかけて3本の管が刺さってるし腕にも点滴刺さってるし、酸素マスクはかぶってるし「サイボーグみたいだ」と思いましただ。白い帽子とマスクの母は泣いてるし、眠って目が覚めると田舎の山奥の従兄弟だの仙台の伯母だの居るので「これはやばいんだわ」と思うくらいであとは記憶無く眠っているのでした。ただ、毎日鼻うがいのように鼻に茶色い消毒液を流し込まれるのだけは辛かった。でも常時2,3人の看護師さんが付いて寝返りとか色々巣穴の雛に餌を運ぶ親鳥のように世話をしてくれるので本来の看護の理想かも、と思った。大きいポンプのような呼吸器を付けられてある日それが息苦しくて仕方ない。声は出ないので目で近くの看護師に苦しいと訴えた。はいはい、とマジに受け取ってくれないので苦しいしもういいや、「死んでしまおう」と縛り付けられたベッドの上で死を意識しました。「3,2,1、さよなら」
後で友人に「三途の川とかお花畑見えた?」と聞かれたけどただただ真っ暗闇だった。
次に目が覚めたら気管切開されていた。親が泣いていた。心不全と呼吸不全になって危篤だと真夜中に病院から電話があり「間に合わないかもしれない」と脅かされたそうな。私も意識が戻ったとき「生きてらあ」と思ったのでした。自分的には一度死んだ気持ち。
そして「私は生かされている。」とすご~く感じさせられた。
今も生かされているって気持ちは日々思う。
もう二度と集中治療室のあの日々は嫌!!ゾッとする、あの鼻うがい・・。

私はその後4ヶ月間入院治療してたのですが、退院間際まで気管切開したまま、喉に穴があいたままで筆記会話でした。婦長さんに「このまま退院かもしれない」と言われ切れ気味で「それじゃあ困ります!」と言い返し、結果、耳鼻咽喉科の先生チームが気管を塞ぐ手術をしてくれました。「傷跡気になるようだったら形成外科に行ってね」って言われたけど今はほとんどわからない。カラオケで高音は出なくなってしまった。Gメン75のエンディングテーマの「♪あ~一度だけ~恋して燃えたぁ~」の部分とか。裏声も出なくなった。♪ひーとりぼっちの羊飼いヨロレヒ~とか。。漫才コンビの千原兄弟の弟さんのほうだったか事故でやっぱ気管切開して塞がないまま自然にくっついて今に至ってるというお話の中で、、治ってきて退院も近い或る日に屋上でタバコ吸ってると気管切開した穴から煙が出てきたって体験談を聞いてゾゾゾと鳥肌が立ちまして、、ひょっとしたら私も気管に穴が開いたまま退院してたらジュースとか飲んで漏れたりしてたかもっ・・・て思っちゃって・・。
それ以来TVで千原ジュニアを見かけるとつい喉元に目がいってしまいます。

こんなだらだら長いこと結局何を書きたかったのかニャ~?
健康第一!とか必然性について・・とかよく考えるようになったのら。
ともかくも・・・みんな風邪には気ぃつけようにゃあ。。
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by kindredspirits | 2007-01-07 21:38 | CAT | Trackback | Comments(10)

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Commented by ふQ at 2007-01-08 08:28 x
ひょぉ~Σ(T□T)
猫又く~ん、おはようございますぅ。
朝からミーたんの鋭い眼光にバカウケしたと思ったら……そんなに大変だったのね~(T◇T)
ううう、元気になった猫又くん見てると信じられないくらいだよぉ。
すごいな、強いな、猫又君! つくづく尊敬だよ~!
しょいでも、もう絶対無理はしないでね。肺が真っ白になるまで我慢なんてなしだよ~。
Commented by at 2007-01-09 04:50 x
あ。これ続きがあったんだ。
昨日は気が付かなかった。
猫又ちん、生きててよかったね。
そういえば、千原ジュニア、昨晩わしの夢に出てきたよ。
なぜか知らんけど、お姫さまだっこしてくれた(笑)
何か一言言うたんびに「わは〜」って笑うの。面白かったよ。
……と脳天気なコメントをつけてみる(^^;
Commented by さかき丸 at 2007-01-09 08:18 x
うんうん、本当に生きていてくれてありがとう。
心からそう思っています。

私の高校時代の友人にも我慢強い人がいました。
本人としては、我慢強いというよりは、感じないんだって。
何事も頑張りすぎちゃう人でした。

猫又さんも頑張り過ぎないように、我慢し過ぎないように、
気をつけてくださいね。
気付かぬうちに無理をしているかもしれないので。
Commented by nikukyu-u at 2007-01-09 09:41
癒しニャンコのお話だと思ったら・・・・・・・・・
壮絶な経験でしたねぇ
九死に一生、生きていてヨカッタ・ヨカッタ・゜・(*ノД`*)・゜・

重篤な経験のしっぽさんに比べたらホントたいしたこと無いんですけど
十数年前に、ニクも・・・・
セキが止まらなかったんだけどいつもの風邪だろうって
忙しさにかまけて放っておいたら・・・息苦しくなって
ある朝目覚めたら動けなくなっていました
先生、真っ白な肺のレントゲンを見て
「ガマン強いのも問題だ!」っていわれたことがあります(^ ^;Δ

肺炎は快方に向かったんですけど・・・・
薬の中にアレルギーの出るのが処方されていて
急性胃腸炎で七転八倒・・・痛みで転げまわるはめになりました。
肺炎より副作用が辛かったですん。

何を言いたいかというとですねぇ・・・・・
しっぽさんの経験てニクの経験と時々とシンクロしていると言いますか・・・・・・
ちょっと不思議になりますの(* ̄  ̄)b 
Commented by mochi@職場 at 2007-01-09 20:53 x
よかった・・・完璧じゃないってもどかしい気持ちもご不満も色々あるとは思いますが・・・そうして乗り越えて、だから、猫又さんと会えたのですもの。本当によかったって思います。
病気や怪我をすると、健康のありがたみってわかりますよねー。
で、治ると、そのときのありがたみ忘れがちになります。←これではいかんですな。
今年はお会いしたいですね♪
Commented by kindredspirits at 2007-01-09 23:38
>ふQさん
当時、入院する前に空ねこと電話で話してたらしいです。
当時の私は仕事の事ばかり気にしてたらしいです。
自分では我慢も無理もしてたつもりは無くて「わからなかった」んです。
風邪で、寝てれば治ると思ってたのです。
そーいえば、膀胱に管入ってる導尿でオシッコは自然に排出してたけど
オムツもあてられてたんですよ!点滴だけなのに大はちゃんと出る!
寝たままで大をするのが大変だったの思い出したー!
Commented by kindredspirits at 2007-01-09 23:43
>Kしゃん
死んでもいいや、なんていっときでも思った私が生き延びてて
死ぬもんか、と悪態ついてた妹が急死してしまった。
答えの無いことをポツンと考えこむ時期もありましたが。
千原ジュニアも九死に一生な事故ったんだよね?
私は千原ジュニアを見るとちょい鳥肌ですだ。(^^
Kさんは「働くおじさん劇場」みてるんだべか?
見ようと思いつついつも忘れて寝てしまいます。面白いべか?
Commented by kindredspirits at 2007-01-09 23:50
>さかき丸さん
気づかない!それです、それ!
ご飯たべるとすぐ息苦しくなって、ちょっと歩くと息苦しい、、
「太りすぎだ」と自分で勝手に思い込んで「食べないのに何で減らないんだろう体重?」と思ってたら肺に水が溜まってっていう
懲りない入院も8年前にあったっけ!
だから我慢じゃないんです・・。でも生きてるからみんなに会えたんだもん。感謝しなくちゃね(^^。
Commented by kindredspirits at 2007-01-09 23:56
>mochiさん
10年経ったんだと振り返るつもりはないのですが
区切りにしたい、、って思いました。
私にとっては悪夢の10年前の今頃に始まって
妹の不幸という悪夢の10年目で終わって(10年一区切りっていうし)
次の10年は「爽快」なことの多い10年であってほしいって願望でもあります。本当に・・健康のありがたみって忘れがちですよね。mochiさんもご自愛くださいね。そーいえばmochiさんとお会いして一年経つんですね!早いね。
Commented by kindredspirits at 2007-01-10 17:02
>ニクキュウさん
ニクキュウさんも肺炎!?胸が真っ白のレントゲン!?
似た体験をなさっていたとは・・・
私も不思議なご縁のようなものを感じてしまいまするです。
私は肺炎は早く快方に向かったのに自力呼吸が戻らなくて
センセ達は慌てたそうなんですが、、
それが別の病気の診断がつくきっかけになったんです。長い事わからなかった病名です。何がきっかけになるか・・瓢箪から駒です。
おかげさまで私は薬の副作用はなかったのですが、、導尿だったので
膀胱から管をはずした後に膀胱炎になってしばらく辛かったです。
私と同じ頃に肺炎になって、首から下が麻痺した大学生の子と
大部屋で一緒になりました。ギデンバレーって病気です。
その子は足に後遺症が残ってしまいましたが現在は奥様&ママです。
私には「あ~ら我が殿」がずーっと現れません。とほほ。なんのこっちゃ。

胃腸の痛みで転げまわる・・おととし胆石症で(また)入院したので
その痛みと辛さはちょっとわかります。痛いのは嫌ですね!!(><)。

離れたところでシンクロ体験してるけれど
いつかお会いできる日がくるといいなあ。。